ミステリ作家は死ぬ日まで、
黄色い部屋の夢を見るか?
~阿津川辰海・読書日記~


「いったい、いつ読んでいるんだ!?」各社の担当編集者が不思議がるほど、
ミステリ作家・阿津川辰海は書きながら読み、繙きながら執筆している。
耽読、快読、濫読、痛読、熱読、爆読……とにかく、ありとあらゆる「読」を日々探究し続けているのだ。
本連載は、阿津川が読んだ小説その他について、「読書日記」と称して好き勝手語ってもらおうというコーナーである(月2回更新予定)。
ここで取り上げる本は、いわば阿津川辰海という作家を構成する「成分表」にもなっているはず。
ただし偏愛カロリーは少々高めですので、お気をつけください。
(※本文中は敬称略)


著者
阿津川辰海(あつかわ・たつみ)
2017年、本格ミステリ新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」第1期に選ばれた『名探偵は嘘をつかない』でデビュー。作品に『星詠師の記憶』『紅蓮館の殺人』『透明人間は密室に潜む』がある。

目次

第2回
新しいのに懐かしい、名手のニューヒーロー!

  • ネヴァー・ゲーム、書影


    ジェフリー・ディーヴァー
    『ネヴァー・ゲーム』文藝春秋

  •  10月分の2冊目はジェフリー・ディーヴァー『ネヴァー・ゲーム』。もはや秋の風物詩となった名手ですが、今回はなんと新シリーズ。しかもこれが良い。リンカーン・ライムが「動かない『静』の名探偵」だとするなら、新主人公コルター・ショウは「飛び回る『動』の名探偵」なのです。失踪人を探し出した時に出る懸賞金で稼いで、家はキャンピングカーというのがまたいい。ディーヴァ―のキャラ造形ってやっぱり半歩くらい先を行ってる気がする。

     ライムシリーズは三人称多視点を採用し、立体的に立ち上げた事件の構図の中に死角を用意してくれますが、今回は徹底して三人称一視点。ショウ自身も事件の全体像や、どの事件が繋がるのかまるで見通せないまま、暗中模索しながら走り抜けるグルーヴ感が味わえます。失踪人探しから始まり、事件の「形」がどんどん変わるのがミステリ的な読みどころ。

     彼の父親が「~べからず」の形で教えた「狩りの心得」がまた好きなんですよ。私は師弟関係が好きで、ドン・ウィンズロウ『ストリート・キッズ』、レナード・ワイズ『ギャンブラー』等がフェイバリットなのも、煎じ詰めればそれが理由。忘れがたい印象を残すいいキャラです。

     いやあ、シリーズの続きが楽しみ。しかも、訳者あとがきには「第三短編集」の文字も! ディーヴァーの短編集、二冊とも偏愛しているので、首を長くして待ちたいと思います。

     と、10月分の2作は、どちらも池田真紀子さんの翻訳ミステリになってしまった。たまたまそうなっただけですが、「この人の翻訳ならなんでも読む!」のモードに入ることってありますよね。他に偏愛翻訳者を挙げると……エッ、文字数がもう足りない?

    (2020年10月)



第1回
ミステリー界の"ノックス"はもう一人いる!

  • 笑う死体、書影


    ジョセフ・ノックス
    『笑う死体』新潮文庫

  •  例年、9月、10月は各種ミステリ・ランキングに向けた読書で大慌て。刊行点数も凄まじいので、凄い勢いで原稿を書いて読書もしないと終わりません。でもどんなに辛くてもやるのは、まあどれだけ暑かろうが夏コミに、寒かろうが冬コミに行くのと同じで、学生時代からこの業界にいる人特有のサガ、骨がらみの習慣です。

     そんな中から2冊。1冊目はジョセフ・ノックスの『堕落刑事』『笑う死体』(新潮文庫)。後者が今年の新刊。

     マンチェスター市警エイダン・ウェイツを主人公にしたミステリで、解説によれば原書では三作目が刊行されており、三部作となる見込みが高いとのこと。

     とにかく本シリーズの美点は、ノワールの魅力と本格ミステリの快感とが高いレベルで融合していること。

    『堕落刑事』では麻薬抗争によって、三分の一を過ぎたあたりからバタバタ人が死に、エイダンもボロボロに。結末近くなり、「俺はとにかく説明が欲しい」と言って、真相究明に動く彼のカッコよさときたら! 死体の山の中から、たった一人の死の真実を解き明かすのです。

    『笑う死体』では、身元不明でしかも歯を剥き出しにして笑っている死体の謎や、連続放火の謎が絡み合う、モジュラー型のミステリに。エイダンは夜勤の警官として街を駆けます。間違った街で、間違った人たちの中で、自分もそこに身を染めながら、でも「正しく」あろうとする……だからこそ、彼の行動の一つ一つにハラハラさせられ、胸打たれるのだと思います。三作目、切に待ってます!

    (2020年10月)