ミステリ作家は死ぬ日まで、
黄色い部屋の夢を見るか?
~阿津川辰海・読書日記~


「いったい、いつ読んでいるんだ!?」各社の担当編集者が不思議がるほど、
ミステリ作家・阿津川辰海は書きながら読み、繙きながら執筆している。
耽読、快読、濫読、痛読、熱読、爆読……とにかく、ありとあらゆる「読」を日々探究し続けているのだ。
本連載は、阿津川が読んだ小説その他について、「読書日記」と称して好き勝手語ってもらおうというコーナーである(月2回更新予定)。
ここで取り上げる本は、いわば阿津川辰海という作家を構成する「成分表」にもなっているはず。
ただし偏愛カロリーは少々高めですので、お気をつけください。
(※本文中は敬称略)


著者
阿津川辰海(あつかわ・たつみ)
2017年、本格ミステリ新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」第1期に選ばれた『名探偵は嘘をつかない』でデビュー。作品に『星詠師の記憶』『紅蓮館の殺人』『透明人間は密室に潜む』がある。

目次

2021.02.26   第9回
2021.02.12   第8回  特別編2
2021.01.22   第7回
2021.01.08   第6回
2020.12.25   第5回 ⛄特別編
2020.12.11   第4回
2020.11.27   第3回
2020.11.13   第2回
2020.10.23   第1回

第9回
無比のヒーロー、ここに在り! ~寡黙な男が全てを救う~

  • ロバート・クレイス、書影


    ロバート・クレイス
    『危険な男』
    創元推理文庫

  •  今月の二冊目は、なんといってもこいつを取り上げないといけません。ロバート・クレイス『危険な男』(創元推理文庫)!

     直近の邦訳『指名手配』(エルヴィス・コール・シリーズ)が2019年5月だったことを考えると、まだ2年は経っていないのですが、随分首を長くして待っていた気がします。ジョー・パイク・シリーズの邦訳を待ちわびていたからでしょう。前に邦訳された『天使の護衛』は2011年8月。なんとほとんど10年ぶりの刊行になるのです。

     クレイスはデビュー作『モンキーズ・レインコート』以来、ロスの探偵エルヴィス・コールと、そのパートナーであるジョー・パイクのコンビを書き続けてきました。コールは陽気なおしゃべりで、しかしただのお気楽男ではなく、信念を持った陽気さで世界を愛する。パイクは警官上がりで、凄腕の元傭兵という異色の経歴を持つ寡黙な戦士。正反対ですが互いを信頼し合うこのコンビの活躍は、いつ見てもシビれるほどカッコ良い。私は特に『ララバイ・タウン』という作品が大好きで、あそこに書かれた1990年代のアメリカの風景に、懐かしい何かを感じてたまらないのです。

     そんなシリーズからポップアウトした新シリーズが、ジョー・パイクを主人公とした「ジョー・パイク・シリーズ」というわけです。前述の『天使の護衛』が一作目にあたります。交通事故によってとある犯罪者と顔を合わせてしまった大富豪の娘が、命を狙われる。パイクは彼女の護衛を務め、冒頭からクールな銃撃戦を繰り広げる。そしてコールの活躍もしっかり楽しめる。パイクがコールに電話をかけ(このシーンがまたたまらないのです。パイクは電話では一言二言しか話さないのですが、コールもそれに慣れきっているんですよね)、コールが「何が起こっているのか」の調査に参入してから、事実は二転三転。アクションだけでなく、プロットと心理描写でも巧みに読ませる名品です。

     さあ本作『危険な男』も、スピード感では負けていません。冒頭わずか4ページ、愛おしい家族の風景の中に不穏な何かを忍ばせるシーンの妙だけで舌鼓を打ってしまいますが、次のページではもう銀行員の女の子が拉致されることがほのめかされ、程なく実行。現場に居合わせたパイクは、放っておくことが出来ず助けに入る。このシーンだけでもとんでもなく面白いのに、事態はこの後二転三転。なぜ彼女が狙われるのか、という謎で牽引しながら、コールの活躍や、犯罪者側の視点でもしっかり楽しませてくれます。

     ロバート・クレイスは最初、完璧な一人称ハードボイルド小説を書く作家だと思ったのですが、こうして多視点サスペンスをものにして、今なおエンタメの雄であり続けていることに感動させられます。パイクは寡黙な男なので、三人称記述がしっくり来るんですよね。逆にコールの内面描写はいちいちニヤッとします。この塩梅が実に楽しい。

     ロバート・クレイス、もっと読みたい。あまりにも楽しみにしすぎて、今回も発売日に読んでしまいました。エルヴィス・コール・シリーズの『ララバイ・タウン』『死者の河をわたる』あたりも大好物ですが、相棒を失った刑事と相棒を失ったシェパード、マギーがかけがえのない「相棒」となり再生するまでを描く『容疑者』、その一人と一匹に加えてコール、パイクの二人もゲスト出演し、交錯するフルスロットルエンタメ『約束』も最高です。『約束』なんて全ページ面白い。

     クレイス作品の何がそんなに私を魅了するのかと言われれば、クレイスの小説が飛び切り格好良いからです。コールの饒舌さの中に潜む愛が、パイクが寡黙さの中に隠す世界への怒りが、私の心を震わせるからです。

     『死者の河を渉る』の解説に一部引用されたクレイスの言葉に、「人間の心以外は書くに値しない」というものがあります。多彩な陰影を持つ登場人物の中に、人間への対称形の理想を投影したかのようなパイクとコールの姿が、私には永遠に眩しく映るのです。

    (2021年2月)



第8回 特別編2
ランドル・ギャレットの世界 ~SF世界の本格ミステリ~

  • ランドル・ギャレット、書影


    ランドル・ギャレット
    『魔術師を探せ! 〔新訳版〕』
    ハヤカワ・ミステリ文庫

  •  1月29日頃から、早川書房〈このミステリがヤバい!〉フェアが展開されています。四人のミステリ作家が、海外本格の名作四作にそれぞれ推薦文を寄せる、というもの。

     円居挽(以下、敬称略)がクリスチアナ・ブランド『ジェゼベルの死』、青崎有吾がコリン・デクスター『キドリントンから消えた娘』、斜線堂有紀がポール・アルテ『第四の扉』、そして私がランドル・ギャレット『魔術師を探せ!〔新訳版〕』。推薦文の内容などは、早川書房のnoteにも掲載されています。

     このフェア、面白いのは担当編集が「次の展開」を考えて組み立てたであろう「手つき」が感じられること。長らく絶版だった『キドリントンから消えた娘』の新カバーによる復刊が目玉なのは間違いありませんが、アルテは『殊能将之読書日記』で「傑作」と紹介された『死まで139歩(仮)』が今年刊行予定といいますし、ギャレットも品切れ中の『魔術師が多すぎる』の復刊に向けた編集者の野望についてチラッとnote記事内で言及されています。古き良き傑作を、新たなパッケージで打ち出し、次に繋いでいく。そんな力にあふれたフェアだと思います。

     そこで今月の一冊目は『魔術師を探せ!〔新訳版〕』を取り上げようと思います。決して帯文を書いたから、というわけではなく、読んでいるうちに色んなものと繋がって、今感じたことを書き留めておきたくなったからです。昨年のクリスマスに続き二度目の特別編です。

     本作はSF作家ランドル・ギャレットによる本格ミステリ・シリーズから、中編三編を収めた作品集です。他に長編『魔術師が多すぎる』(早川書房、品切れ中)が出ており、各雑誌、アンソロジー等でシリーズの短編が訳されています。

     科学の代わりに魔術が発達したパラレルワールドの英国で、魔術が絡んだ犯罪を、魔術による捜査で解き明かす。痛快な本格ミステリです。探偵役のダーシー卿と、法廷魔術師のマスター・ショーンのコンビもお互いに信頼感があって良いですし、何より、推理と魔術捜査を役割分担したのがうまいところ。ダーシー卿の推理に必要な魔術知識は全てショーンの口から説明されるため、バランスの取れたフェアプレイを実現しているのです。

     長編『魔術師が多すぎる』で起こるのは直球の密室――不可能殺人ですが、『魔術師を探せ!』では「不可解」な犯罪が多いのが特徴的です。身元不明の死体と、消えた侯爵の謎はどう関連するのか。なぜ死体は藍色に染め上げられていたのか。これらの不可解な謎が、現実的な論理で解きほぐされていく過程には、確かな本格の快感があります。

     もちろん特殊設定ミステリの語で捉えてもいいですし、設定が社会に浸透して一つの世界をきちんと形作っている意味でSFミステリでもありますが、「ダーシー卿シリーズ」にはそれらの語だけでは済まないような奥行きが感じられます。

     なぜそのような奥行きが感じられるのか、その理由を自分なりに探るために、補助線を一本引こうと思います。都筑道夫の「モダーン・ディテクティヴ・ストーリイ」という概念です。この語は都筑道夫が理想とした謎解き小説の理念を多岐に含むものですが、おおざっぱに言って、ここでは「不合理な謎を論理によって解き明かすことを、何より優先しなければならない」という理念の核を捉えておきます。トリック不要論も、シリーズ名探偵を求める後段の議論も、全てはこの核に立脚していると思うからです。

     ここで都筑道夫の話が出るのは唐突に思えるかもしれませんが、キッカケがあってのことです。『魔術師が多すぎる』の解説は、早川書房の編集者であった都筑道夫が執筆しているからです。SFとミステリの関係性やSFミステリの難しさなどを分析した名解説ですが、まず重要な箇所を、少し長いですが引いてみましょう。

    「(……)この場合のSFはサイエンス・フィクションではなく、スペキュレイティブ・フィクションであるわけだが、それを本格推理小説としてまとめた点に、新しいSFファンは不満を持つかも知れない。謎とき推理小説にはルールがあって、それをまもることの古風さが、まずスペキュレイティブ・フィクションの自由奔放さと相反するものだからだ。しかし、いっぽう推理小説ファンにとっては、その不自由さに魅力がある。かぎられた枠のなかに、思いがけない変化を見いだすことが、本格推理小説ファンの楽しみなのだ」

     この箇所に登場する「スペキュレイティブ・フィクション」という語は、1960年代から70年代前半、SF界で巻き起こった「ニューウェーヴSF運動」において使われ、従来のSFに哲学的、思弁的な要素を持ち込もうとしたものです。特にハーラン・エリスンがこの理念に意欲的だったことは、これまた早川書房で最近完訳されたアンソロジー『危険なヴィジョン〔完全版〕』(全3巻)の序文からビシバシ窺われて、この話もまた面白いのですが、今日は本筋ではないので脇に置いておきます。

     都筑道夫『黄色い部屋はいかに改装されたか?』(フリースタイル、以下『黄色い部屋~』と表記する)の解説において、法月綸太郎は「都筑のモダーン・ディテクティヴ・ストーリイ論には、六〇~七〇年代前半のニューウェーヴSF運動の担い手たちが掲げたスペキュレイティブ・フィクションという理念に通じるセンスが感じられます」と述べています(この引用箇所はこの後理念を推し進めた時の危うさにも言及していますが)。その相似性を分析するのはここでは差し控えておきますが、ここでは二つの概念の同時代性を確認し、その概念が提唱された時代の中にランドル・ギャレットの「SF本格」もあったことを意識しました。『魔術師が多すぎる』の原書が1966年刊行、ポケミス刊行が71年7月、『黄色い部屋~』は70年10月から71年10月にかけて連載されていました。数々の締め切りに追われる中、都筑はギャレットの作品に触れ、解説を著したことになります。

     翻って、都筑道夫の実作を探ってみます。都筑道夫の短編には、「犯人以外の意図・価値観が介在して、事件が不可解・不可能な様相を呈してしまう」という趣向が数多く見られます。ネタバレになってしまうので具体的な名前が挙げられないのが残念ですが、「犯人以外の意図」とは、「被害者自身」や「犯罪以外の価値観を持った関係者」のことです。

     都筑道夫は先述した『黄色い部屋~』の中で、ジャック・リッチーの短編“By Child Undone”とエドワード・D・ホックの「長方形の部屋」を比較し、前者の犯罪者の計画の「危険」さを指摘、「トリック中心の本格推理小説の、これは落ちこみやすい落し穴です」と言っています。後者は「この解決は、すばらしいと思います」「犯人のトリックはなく、状況から生みだされた謎があるだけですが、その謎が読者の興味をそそるに足るもの」であると述べています。都筑道夫の実作はまさにこの「状況から生み出された謎」という感覚に立脚していると思います。その「状況」というのが、先に言った「犯人以外の意図」ではないかと。犯人が不自然なトリックを仕掛け、謎が生まれたとするのでなく、犯人自身も様々な意図やアクシデントに翻弄されるなかで、不可解な犯罪が生じてしまった、と構成する。エラリー・クイーンの実作を都筑が気に入っていたのも、畢竟こういう点だと思います。

     そして、「ダーシー卿シリーズ」では、SF設定である「魔術」というものが、この「犯人以外の意図」になっていると思うのです。犯人の計画を超えて、「魔術」のルールに従うことで(従わざるを得ないことで)、犯人の意図していなかった不可解な謎が生まれてしまう。つまり、犯人もまた、魔術の論理に縛られる。とすれば、これは「魔術により形作られたモダーン・ディテクティヴ・ストーリイ」とも言えるのではないかと。だからこそ今でも新鮮に読むことが出来、論理も古びない。

     とはいえ、そんな理論をギャレットが考えていたとは思いませんし、都筑道夫がギャレットを読んで考えたなんてことも思っておりません。この感覚とは究極的に言ってしまえば一つの事実に基づいていると思います。世界が先に立っている、という感覚です。

     ミステリであろうとすること、犯罪を描くこと以前に、そこに魔術により形作られた世界があり、ルールがあり、論理がある。その世界が先に立っており、犯人もまた、その世界の住人である。だからこそ、犯人もまた、そのルールに縛られ、もがき、意図せぬ謎を作ってしまうこともある。先に引用した解説の個所の中で、都筑は「謎解き推理小説にはルールがあって」「その不自由さに魅力がある」と述べています。まさに、この「不自由さ」こそが、犯人をも縛り付けるのです。まず先に世界があり、思索があり、ルールがある。堅牢に作られた世界そのものが、犯人をも縛る枷になっているのです。世界の一部である魔術は犯人だけでなく、探偵たちにも味方し、例えば「その眼は見た」(『魔術師を探せ!』収録)では、「そんなことまで分かるの?」と言いたくなるような魔術捜査の凄さと、そこから生まれるツイストが見事なオチになっています。このオチは、もちろん犯人の意図したトリックなどではありません。これもルールが公正であるがゆえです。

     例えば、ある犯罪を実行するためにルールが作られることがあれば、それは作者と犯人が共犯関係を取り結ぶことになります。その瞬間、作り上げた世界のほころび、ほつれが見えてしまう。世界が先に立っていれば、ほころびは生じない。

     世界が先にあるとは、SFとして読めばごく当たり前のことで、なんらすごい結論ではなく恥ずかしいのですが、大きな回り道を経て、それが実感として確かめられた気がしたので、ここに残しておきます。

     そして、この「世界が先にある」「犯人もまた世界のルールに縛られる」という感覚は、SFミステリのシリーズ化を可能とする意味でも、かなり有効ではなかったかと思います。SF設定を連ねていったとき、どうしても「前作品に出てきた魔法でこれは解決できるのではないか」「なぜ前作の魔法が使われていないと言い切れるのか」というツッコミを避けるのは難しくなります。SFは世界を広げるものであるため、どこかで確定させる手はずが必要になります。ところが、『魔術師』シリーズはそこも軽やかに超えてみせる。世界観全体が先に完成していれば、どの魔法が今回関わるかは、ショーンによる魔術捜査であらかじめ確定させてしまえばいい。この世界にある魔法全てをその都度説明しなくてもフェアプレイを実現でき、読者と探偵の立場を対等にしているのは、こういう細かな点です。面白いのは、スペキュレイティブ・フィクションという「自由奔放な」ものを介在した結果として、トリックではなく不合理な謎を押し出し、シリーズ名探偵を使う、まさに都筑道夫の「モダーン・ディテクティヴ・ストーリイ」に合致する作品が出来上がっていることです。

     これは補足ですが、日本にも、似たやり方で「SFミステリのシリーズ化問題」をうまく解消している作品群があります。西澤保彦の〈チョーモンイン〉シリーズです。『念力密室!』に顕著ですが、「観測装置」によってどんな種類の超能力が使われたいつ、どこで使われたかまで特定し、ホワイダニットに問題を絞るというやり口は、まさしく都筑理論をSFミステリで達成した好例といってよく、ランドル・ギャレットの世界の延長線上にあるものだと思います(脱線ですが、創元推理文庫版『退職刑事6』に収録された西澤保彦の解説は、『退職刑事』の変遷から先駆的評論家/実作家としての都筑の像を、西澤作品の登場人物のような妄想めく推理で明かしていく名解説でオススメ)。

     ランドル・ギャレット、西澤保彦の実作、そして都筑道夫の評論を読み返す中で、自分の作品を顧み、反省するような時間を過ごせました。

     そんな思いを込めての帯文50文字は、ぜひ店頭や早川書房のnoteでご覧ください。そして『魔術師を探せ!』、ぜひご一読を。

     それにしても、「ダーシー卿シリーズ」は粒揃いで実に素晴らしいのです。長編の『魔術師は多すぎる』はわが理想にして最愛のSFミステリなのでぜひ復刊してほしいですし、未収録短編だと急速に年老いた死体の謎が極めてロジカルに解かれる「十六個の鍵」、『オリエント急行の殺人』パロディーまでぶち込んだ「ナポリ急行」、ダーシー卿とショーンの出会いを描きながら、ポーランド軍の所在が分からないというユニークな謎を展開する未訳短編“The Spell of War”等まだまだ好きな作品があります。「ダーシー卿」フリーク、増えないかしら。

    (2021年2月)



第7回
進化し続ける「探偵自身の事件」

  • ジョー・ネスボ、書影


    ジョー・ネスボ
    『ファントム 亡霊の罠(上・下)』
    集英社文庫

  •  来週、1月30日から第1回「みんなのつぶやき文学賞」の投票が始まるようです。昨年まで「Twitter文学賞」という名前でしたが、今年から名前を変えて立ち上げるとのこと。Twitterで読者投票出来るので、気になる方は投票してみては。年末のランキング企画とは一風変わった、SNS時代の文学賞に注目していきたいところです。

     さて、今月の二作目はノルウェーの作家ジョー・ネスボの『ファントム 亡霊の罠』(上下巻)。ハリー・ホーレという警官が主人公のシリーズの九作目。〈ハリー・ホーレ・サーガ〉とでもいうべき大部です。ちなみに前作のネタバレはないので、ここからでもいけます。

     このサーガ、とにかく驚かされるのは、高い謎解きのセンスとハリー自身の物語の厚みが同居していること。警察小説ではありますが、シリーズの中ではハリーが一匹狼として事件を追う作品のほうが深く心に突き刺さります。

     作者はあまりにも徹底してハリーを追い込みます。第三作『コマドリの賭け』から始まる「ハリーの相棒三部作」では、アルコール漬けになってボロボロになりながら連続殺人鬼を追うハリーの姿が胸に迫りますし(第五作『悪魔の星』)、第六作『贖い主 顔なき暗殺者』以降、集団としての警察組織と、個人としてのハリーの相克は苛烈なほど描かれていきます。ネスボは「探偵耐久実験」でもやっているのかと言いたくなるほど、壮絶な起伏です。

     そして、『ファントム』は中でも飛び切り凄い。何せ本作では、ハリーはもはや「警官」の立場すら追われているのですから。彼はある容疑者の無実を証明するべく、組織にも属さず、一人事件を追うことになります。

     その容疑者というのが、自分の「息子」――息子同然に接してきた青年、なのです。

     あまりのことに「待ってよ! どうしてそんなに酷い目に遭わせるの!?」とネスボに向けて叫んでしまいました。証拠は完全にオレグが犯人だと示している。絶体絶命の状況です。ハリーはそれでも、オレグにかかった容疑を覆すため、奮闘する。

     下巻の第四章以降、めまぐるしく容疑者が入れ替わり、フーダニットの面白さはかなりのハイレベル。おまけに謎解きの端緒となる伏線の置き方までユニークとあっては。

     ジョー・ネスボ、やはり凄い作家です。同じ集英社文庫から出ているノンシリーズの 『ザ・サン 罪の息子』は良いサスペンスだったし、早川書房から出た別シリーズ『その雪と血を』『真夜中の太陽』は好対照をなす二作で、共にノワールの名品だし。『ファントム』の続編、第十作の“Police”、英訳版で読んでみようかな……。

    (2021年1月)



第6回
形式の冒険 ~『驚き』の復刊~

  • 清水義範、書影


    清水義範
    『国語入試問題必勝法 新装版』
    講談社文庫

  •  2020年12月号の「小説現代」に面白い企画が載っていました。謎の作家「X」による長編小説「XXX」一挙掲載。1959年のアメリカを舞台にしたハードボイルドで、黒人コミュニティとの交流の書き方も好みだし、フーダニット興味もしっかりと。満足して、何よりまず思ったのは、「なんのバイアスもなしに読む」経験の貴重さでした(この作家のものだから面白いに違いない! というプラスの先入観も、一種のバイアスですし)。読む時の自分も試されているような。同誌の2021年1月号では、名前を明かしたその作家のインタビューが掲載されていて、タイトル募集もしていました。気になる方はチェックしてみては。

     発表の仕方、作品の「形式」で遊ぶような企画はこれからも見たいものです。そこで今月は、そんな「形式の遊び」を体現するような復刊書籍を一つ。清水義範『国語入試問題必勝法 新装版』です。

     清水義範はパロディ、パスティーシュを大得意として、私はユーモラスな推理小説シリーズもお気に入り。中でも、表題作の「国語入試問題必勝法」は、抱腹絶倒の名短編なのです。

     誰しも、国語入試に悩まされたことはあるでしょう。現代文の難解さとか、小説の読み方に正解はないはずなのに唯一の解を求められる理不尽さとか。

     そんな国語入試が大嫌いな主人公・浅香一郎が、月坂という家庭教師に「必勝法」を教わる、というのが短編のスジ。なんともうさんくさい感じですが、「この種の問題は、原文とは無縁の点取りゲームにすぎないんだよ」と喝破する月坂は、まるで塾のカリスマ講師のよう。次々披露される眉唾物の、いやしかし、どこか真理を突いていそうなテクニックの数々がなんとも可笑しい。

     素人によるリレー小説を偽作する「人間の風景」や、丸谷才一のパロディ「猿蟹合戦とは何か」など抱腹絶倒の全七編。私はこの本の他には『主な登場人物』などが好きです。本編を読まず、登場人物表だけで本編を妄想する話です。

     さて、ここまでで目安の800字なので、以下は完全に余談です。『国語入試問題必勝法』の復刊タイミングに驚いたのは、まさに1月29日発売の「ジャーロvol.74」に載る私の短編で、「国語入試問題必勝法」をエピグラフとして使用しているからです。2021年、コロナと新制度入試で変わる受験界を舞台にした推理小説で、タイトルは「2021年度入試という題の推理小説」(タイトル元は都筑道夫『怪奇小説という題名の怪奇小説』です)。

     こういうものに挑みたいと思ったのは、やはり高校生の頃、「国語入試問題必勝法」に触れた経験があったからだと思うのです(他に、『ウンベルト・エーコの文体練習』や法月綸太郎『挑戦者たち』に触発された面もありますが)。だからこそ、狙い澄ましたような復刊タイミングに驚きました。講談社のほうでも、新制度入試にかぶせる意味があったのかもしれません。

     とまれ、今回の作品も古い形式を使った新しい推理小説を目指しました。全体のトーンは「六人の熱狂する日本人」(『透明人間は密室に潜む』収録)に近いでしょうか。昔、塾講師のアルバイトをさせてもらったりしていたので、愛のある業界に対して時折やってしまう、すちゃらか・フルスロットル本格です。

     ここで書きすぎると、いずれ書きたい「あとがき」で書くことがなくなるので、今日はこの辺で!

    (2021年1月)



第5回   ⛄特別編

🎄クリスマスにはミステリを!🎄

  • マイ・シューヴァル、ペール・ヴァールー、書影


    マイ・シューヴァル
    ペール・ヴァールー
    『刑事マルティン・ベック
    笑う警官』
    角川文庫

  •  ※作中、訳の明記がない引用は全て新訳(訳者・柳沢由実子)に準拠。

     今になってマルティン・ベックシリーズにハマっています。全作良いので「完全攻略」はいずれどこかでやりたいのですが、今日はクリスマス。それなら『笑う警官』の28章の話をしましょう。ミステリ部分のネタバレはしませんのでご安心を。『笑う警官』の28章、このたった一章の精読を通じて、ストックホルムのクリスマスの風景を感じ取ることが出来ますし、この小説の眼差しのありようにも迫れるのではないかと思っています。というわけで、今回は特別編です。

    『笑う警官』で起こるのは市バス内で八人が銃殺される大量殺人。被害者の一人の若い刑事・ステンストルムの行動を追い、彼の私生活に分け入っていくところにミソがあります。刑事の私生活を書くことは、主役刑事たちに対して作者がずっとやってきたことでもあります。

     28章はそんな主役刑事二名、マルティン・ベックとレンナルト・コルベリが迎えるクリスマス・イブの日。シリーズは全作「30章」で構成されていますが、28章には20ページ以上の紙幅が割かれており、29・30章が事件解決に向けたものであることと比較すると、私生活を描いたこのシーンの厚みが際立って来ます。29章以降は新年にかけて描いているので、今の時期にぴったり。

     28章は最も重要な章と考えられます。タイトルにもなっている「笑う警官」のレコードがかかるシーンであり、事件解決に至る大きな手掛かりを得るシーンでもあるからです。後者についてはミステリ部分に関わるので省略し、「笑う警官」の話をしましょう。聞いたことのない人は「The Laughing Policeman」とYouTubeで検索すれば原曲に当たれるので聞いてみてください。

     なんとも陽気な曲です。高見浩訳では「高らかな笑い声」、あるいは『警官殺し』で再登場する際「哄笑」という語が使われますが、笑い声が印象的で耳に残ります。「聞いていると笑いがうつるらしく、インガもロルフもイングリットも笑いこけている」とあるように、一家団欒の小道具として効果的に用いられています。

     1922年にイギリスで発表されたコミックソングで、本国では子ども番組などでかかっていたらしいです。1898年のジョージ・W・ワシントンによる"The Laughing Song"が音楽やメロディ、笑い声の元といいますから、作中でコルベリが「第一次世界大戦前からのものだ」と言っているのはこれを受けてのことでしょう。作中でマルティンは娘のイングリットから、この「笑う警官」を収録した「笑う警官の冒険」というタイトルの「四十五回転のEPレコード」を贈られます。彼女にとってこれが会心のプレゼントだったのは、24章で笑顔の少ない父に「クリスマスイブにはきっと笑うわよ、パパは」/「ええ。あたしのプレゼントをもらったら笑うにきまってる」と予告しているのを見ても明らかでしょう。警官の父親にこのレコードを贈るのが、彼女なりのしゃれだったわけです。

     ところが、そんな会心のプレゼントを貰い、曲を聴いてなお、マルティン・ベックは笑うことが出来ない。

    “「パパ、ぜんぜん笑わなかったわね」不機嫌そうだ。
    「いや、とてもおかしいと思ったよ」と言ったが、説得力はなかった。”

     続けてかかる「陽気な警官たちのパレード」もそうですが、歌詞の中では「警官」を戯画化して描いています。家族にとっては現実を忘れ、団欒を愉しむのが目的です。ところが、マルティンは「レコードのジャケットを見つめた」「ステンストルムのことを考えた」とあるように、彼の意識はすっかり目の前の家族から離れてしまい、現実を見つめている。そこに決定的なずれがあります。

     一方のコルベリも家族の団らん中に電話を受け、受刑者と話をするべく刑務所に向かうことに。かくて、彼は事件の手掛かりを手に入れますが、妻には「食事が。すっかりだめになってしまったじゃない」と涙ながらに出迎えられる。気の利いたフォローを入れているのがコルベリのいいところですが、注目すべきはコルベリの帰宅後のシーンにも、マルティンからの電話越しに「笑う警官」の笑い声が響いていることです。かくして、クリスマス・イブにも仕事を忘れられず、現実に生き、家庭の中で不和を抱えた二人の警官を、戯画化された太った警官の笑い声が包み込んでいる。その笑い声のエコーが結末にも響いていることは言うまでもありません。

     また、28章では以下の表現も印象的です。

    “街は静まり返っていた。唯一、動いていたのはよろよろ歩きのサンタクロース。それも任務を果たすには遅すぎ、酔っぱらい過ぎたサンタ。彼らはたくさんのスナップスを、たくさんの振る舞いが大好きな家でごちそうになってすっかりご機嫌だった。”

     どこか温かいまなざしで、「しょうがないなあ」と見つめるコルベリの視線を感じる表現です。19章で「お祭り騒ぎの前触れの年中行事、すなわちぐでんぐでんに酔っぱらったサンタクロースたちが建物の入り口や公衆便所から担ぎ込まれる」と書かれているのと比較すると一目瞭然。そんな端々の描写もあって、『笑う警官』の28章は、家庭内の不和という要素はあるにもかかわらず、ストックホルムのクリスマス・イブの幸福な光を切り取ったシーンのように私には感じられるのです。

     最後になりますが、旧訳の高見浩氏訳と新訳の柳沢由実子氏訳を28章のみ読み比べて気付いたことを書き留めておきます。

     まず、このシリーズにはスウェーデン独特の固有名詞が多いとは聞いていましたが、まさにその通りで、たとえば高見「両親の墓」→柳沢「スコーグ教会墓地」、「しょうが入りケーキ・ビスケット」→「伝統のねじり棒の揚げ菓子クレネッテール」など、ストックホルムの異国情緒に染まる意味では新訳が好ましい。とはいえ、軽妙洒脱な高見訳もやっぱり面白いですね。

     そして、28章には新旧で大きな違いがあります。「笑う警官」の歌詞が旧訳には書いていないのです。旧訳は英訳版からの重訳で、新訳はスウェーデン語から原語訳したことが一つのウリになっていましたが、この異同は恐らく偶然ではありません。理由の一つは先に言及した「陽気な警官たちのパレ―ド」の歌詞は旧訳にもあること、もう一つは、「笑う警官」の歌詞を受ける形で、新訳では結末に二行追加されているからです。この異同は、「笑う警官」という曲の出自にも理由があるのかもしれません。1922年にイギリスで発表された「笑う警官」は、1955年にスウェーデンで新しいバージョンが作られます。1898年を始点にすれば、約30年周期で新しい命が吹き込まれていることになります。スウェーデンではまだ「若い」曲だから聞いたことのない世代がいて、一方マルティン・ベックぐらいの年なら原曲に触れたことがある、とすれば共通理解のため歌詞の表記は必要です。反対に、もしかしたら、英語圏では歌詞をあえて書かなくてもいいくらい有名な曲だから歌詞が省かれたのかもしれません(その辺りは一か月では調べきれず……)。仮説以上のものではありませんが、この二行の違いは、新旧訳の違いの中でもかなり大きなものだと言えるでしょう。

     ただでさえ印象的な結末が、この二行の、ある男の反応によって感動的なユーモアに変貌するのです。28章から通奏低音として流れる「笑う警官」の高らかな笑い声と共に、『笑う警官』はクリスマス・イブの幸福な光を閉じ込め、今もなお、警察小説の金字塔として燦然と輝き、そこに在る。

    (2020年12月)



第4回
年の暮れにSFミステリの理想を夢見ること

  • ケイト・マスカレナス、書影


    ケイト・マスカレナス
    『時間旅行者の
    キャンディボックス』
    創元SF文庫

  •  この度、拙著『透明人間は密室に潜む』が「本格ミステリ・ベストテン」で第一位の名誉に与りました。ありがとうございます。他の順位も続々出ていますが、過去最高順位ばかりです。皆様の応援のおかげです。デビューから四年目、一歩一歩踏みしめるように進んできて本当に良かったと思います。これからも倦まず弛まず精進し、この読書日記も「死ぬまで」続けていきます(言いましたね?)。

     さて、気持ちも新たに12月の1冊目はケイト・マスカレナス『時間旅行者のキャンディボックス』。毎年あるんですよ。ランキング投票後に、超好みの本を読み後悔すること。2年前のハーディング『嘘の木』、去年の呉勝浩『スワン』等。

     で、本書。タイムトラベルが実用化され、タイムトラベラーが巨大組織により管理されている社会を描いたSFなのですが、主題の一つに射殺体、密室殺人という謎が据えられていて、意外な犯人・トリック・動機までしっかり炸裂する本格ミステリであるという。

     私はSFミステリというのは、設定やアイデアだけではなく、それがあった時に人間や社会がどう反応し、適応していくかというところまで触れて欲しいという理想があるのですが、本書はその思いに応えてくれる作品。

     例えば、タイムトラベラーは未来の自分の死期や恋人の死を見てしまうので、死生観に大きな揺らぎが生じ得る。そこで、就任試験にあたっては、心理テストを行って、精神的に健全な人間を登用しようとする。巻末にはそのテストがそのままついたりしているわけです。

     他にも、邦題にもあるキャンディボックスは、タイムトラベル機構を用いて、中に入れたキャンディが60秒後に出てくるようにした子供のおもちゃ。奇抜すぎず、しかし質感のある小道具なのが面白くて、しかも違法改造の記録に挑むチーターたちがいるなんて描写まであってニヤリとします。ここには、「時間旅行」という一つの特異点によって区別された、しかし、私たちと似姿の社会がくっきり描かれている。

     SFとして楽しく、謎解きミステリとして見事、時間・性を超えた愛憎のストーリーも面白いという。やられました。目が離せない作家がまた一人。

    (2020年12月)



第3回
〈ショーン・ダフィ〉、完全開眼!
北アイルランドの鬼才に乗り遅れるな

  • エイドリアン・マッキンティ、書影


    エイドリアン・マッキンティ
    『ガン・ストリート・ガール』
    ハヤカワ・ミステリ文庫

  •  今年からミステリ・ランキング投票のうち「このミステリーがすごい!」のレギュレーションが変わり、奥付9月までの本が対象に。一か月前倒しになった形。例年、「このミス」に投票すると年末ムードに入りますが、今年はロスタイムの気分です。

     今月の新刊はエイドリアン・マッキンティの『ガン・ストリート・ガール』。1980年代、紛争が続発する北アイルランドを舞台に、刑事ショーン・ダフィの活躍を描くシリーズの4作目です。このシリーズ、警察小説とハードボイルドの魅力ムンムンで、注目していました。

     1作目『コールド・コールド・グラウンド』ではバラバラ死体、3作目『アイル・ビー・ゴーン』では密室と、作者はガジェット型の謎を用意してきましたが、むしろシリーズの魅力は「ダフィがこの情勢下でいかに動き、選択し、過去や現在に立ち向かうか」を描き切るところでした。だからこそ、『アイル・ビー・ゴーン』ラスト100ページの熱に浮かされたような文章と展開に胸打たれたのです。

     そして4作目の本作では、そうした魅力はそのままに、捜査小説としての面白さがグンと高まっている。両親が殺され、子供は失踪。これまでよりシンプルに見えるこの事件が、捜査を進めるうちに次々様相を変え、加速していく。この読み味を加えた上で、ダフィの物語としても熱を放っているとあっては。巻を措くあたわずとはまさにこのこと。助手役の刑事のキャラや「因縁」のあの女を巡る展開がまた良いのです。

     次作『レイン・ドッグス』は、1作目の訳者あとがきで早くも触れられていて、とても期待していたタイトル。帯裏によれば来年刊行予定とのことで、また来年の愉しみが一つ増えました。

     ちなみに、私がこのシリーズを最初に手に取ったきっかけは、中学の頃読んだ石持浅海の『アイルランドの薔薇』でアイルランド情勢にある程度興味を持っていたおかげ。そう思うと、読書はちゃんと繋がっていく、と感じます。

    (2020年11月)



第2回
新しいのに懐かしい、名手のニューヒーロー!

  • ネヴァー・ゲーム、書影


    ジェフリー・ディーヴァー
    『ネヴァー・ゲーム』
    文藝春秋

  •  10月分の2冊目はジェフリー・ディーヴァー『ネヴァー・ゲーム』。もはや秋の風物詩となった名手ですが、今回はなんと新シリーズ。しかもこれが良い。リンカーン・ライムが「動かない『静』の名探偵」だとするなら、新主人公コルター・ショウは「飛び回る『動』の名探偵」なのです。失踪人を探し出した時に出る懸賞金で稼いで、家はキャンピングカーというのがまたいい。ディーヴァ―のキャラ造形ってやっぱり半歩くらい先を行ってる気がする。

     ライムシリーズは三人称多視点を採用し、立体的に立ち上げた事件の構図の中に死角を用意してくれますが、今回は徹底して三人称一視点。ショウ自身も事件の全体像や、どの事件が繋がるのかまるで見通せないまま、暗中模索しながら走り抜けるグルーヴ感が味わえます。失踪人探しから始まり、事件の「形」がどんどん変わるのがミステリ的な読みどころ。

     彼の父親が「~べからず」の形で教えた「狩りの心得」がまた好きなんですよ。私は師弟関係が好きで、ドン・ウィンズロウ『ストリート・キッズ』、レナード・ワイズ『ギャンブラー』等がフェイバリットなのも、煎じ詰めればそれが理由。忘れがたい印象を残すいいキャラです。

     いやあ、シリーズの続きが楽しみ。しかも、訳者あとがきには「第三短編集」の文字も! ディーヴァーの短編集、二冊とも偏愛しているので、首を長くして待ちたいと思います。

     と、10月分の2作は、どちらも池田真紀子さんの翻訳ミステリになってしまった。たまたまそうなっただけですが、「この人の翻訳ならなんでも読む!」のモードに入ることってありますよね。他に偏愛翻訳者を挙げると……エッ、文字数がもう足りない?

    (2020年10月)



第1回
ミステリー界の"ノックス"はもう一人いる!

  • 笑う死体、書影


    ジョセフ・ノックス
    『笑う死体』新潮文庫

  •  例年、9月、10月は各種ミステリ・ランキングに向けた読書で大慌て。刊行点数も凄まじいので、凄い勢いで原稿を書いて読書もしないと終わりません。でもどんなに辛くてもやるのは、まあどれだけ暑かろうが夏コミに、寒かろうが冬コミに行くのと同じで、学生時代からこの業界にいる人特有のサガ、骨がらみの習慣です。

     そんな中から2冊。1冊目はジョセフ・ノックスの『堕落刑事』『笑う死体』(新潮文庫)。後者が今年の新刊。

     マンチェスター市警エイダン・ウェイツを主人公にしたミステリで、解説によれば原書では三作目が刊行されており、三部作となる見込みが高いとのこと。

     とにかく本シリーズの美点は、ノワールの魅力と本格ミステリの快感とが高いレベルで融合していること。

    『堕落刑事』では麻薬抗争によって、三分の一を過ぎたあたりからバタバタ人が死に、エイダンもボロボロに。結末近くなり、「俺はとにかく説明が欲しい」と言って、真相究明に動く彼のカッコよさときたら! 死体の山の中から、たった一人の死の真実を解き明かすのです。

    『笑う死体』では、身元不明でしかも歯を剥き出しにして笑っている死体の謎や、連続放火の謎が絡み合う、モジュラー型のミステリに。エイダンは夜勤の警官として街を駆けます。間違った街で、間違った人たちの中で、自分もそこに身を染めながら、でも「正しく」あろうとする……だからこそ、彼の行動の一つ一つにハラハラさせられ、胸打たれるのだと思います。三作目、切に待ってます!

    (2020年10月)