ミステリ作家は死ぬ日まで、
黄色い部屋の夢を見るか?
~阿津川辰海・読書日記~


「いったい、いつ読んでいるんだ!?」各社の担当編集者が不思議がるほど、
ミステリ作家・阿津川辰海は書きながら読み、繙きながら執筆している。
耽読、快読、濫読、痛読、熱読、爆読……とにかく、ありとあらゆる「読」を日々探究し続けているのだ。
本連載は、阿津川が読んだ小説その他について、「読書日記」と称して好き勝手語ってもらおうというコーナーである(月2回更新予定)。
ここで取り上げる本は、いわば阿津川辰海という作家を構成する「成分表」にもなっているはず。
ただし偏愛カロリーは少々高めですので、お気をつけください。
(※本文中は敬称略)


著者
阿津川辰海(あつかわ・たつみ)
2017年、本格ミステリ新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」第1期に選ばれた『名探偵は嘘をつかない』でデビュー。作品に『星詠師の記憶』『紅蓮館の殺人』『透明人間は密室に潜む』がある。

目次

2021.01.08   第6回
2020.12.25   第5回   ⛄特別版
2020.12.11   第4回
2020.11.27   第3回
2020.11.13   第2回
2020.10.23   第1回

第6回
形式の冒険 ~『驚き』の復刊~

  • 清水義範、書影


    清水義範
    『国語入試問題必勝法 新装版』
    講談社文庫

  •  2020年12月号の「小説現代」に面白い企画が載っていました。謎の作家「X」による長編小説「XXX」一挙掲載。1959年のアメリカを舞台にしたハードボイルドで、黒人コミュニティとの交流の書き方も好みだし、フーダニット興味もしっかりと。満足して、何よりまず思ったのは、「なんのバイアスもなしに読む」経験の貴重さでした(この作家のものだから面白いに違いない! というプラスの先入観も、一種のバイアスですし)。読む時の自分も試されているような。同誌の2021年1月号では、名前を明かしたその作家のインタビューが掲載されていて、タイトル募集もしていました。気になる方はチェックしてみては。

     発表の仕方、作品の「形式」で遊ぶような企画はこれからも見たいものです。そこで今月は、そんな「形式の遊び」を体現するような復刊書籍を一つ。清水義範『国語入試問題必勝法 新装版』です。

     清水義範はパロディ、パスティーシュを大得意として、私はユーモラスな推理小説シリーズもお気に入り。中でも、表題作の「国語入試問題必勝法」は、抱腹絶倒の名短編なのです。

     誰しも、国語入試に悩まされたことはあるでしょう。現代文の難解さとか、小説の読み方に正解はないはずなのに唯一の解を求められる理不尽さとか。

     そんな国語入試が大嫌いな主人公・浅香一郎が、月坂という家庭教師に「必勝法」を教わる、というのが短編のスジ。なんともうさんくさい感じですが、「この種の問題は、原文とは無縁の点取りゲームにすぎないんだよ」と喝破する月坂は、まるで塾のカリスマ講師のよう。次々披露される眉唾物の、いやしかし、どこか真理を突いていそうなテクニックの数々がなんとも可笑しい。

     素人によるリレー小説を偽作する「人間の風景」や、丸谷才一のパロディ「猿蟹合戦とは何か」など抱腹絶倒の全七編。私はこの本の他には『主な登場人物』などが好きです。本編を読まず、登場人物表だけで本編を妄想する話です。

     さて、ここまでで目安の800字なので、以下は完全に余談です。『国語入試問題必勝法』の復刊タイミングに驚いたのは、まさに1月29日発売の「ジャーロvol.74」に載る私の短編で、「国語入試問題必勝法」をエピグラフとして使用しているからです。2021年、コロナと新制度入試で変わる受験界を舞台にした推理小説で、タイトルは「2021年度入試という題の推理小説」(タイトル元は都筑道夫『怪奇小説という題名の怪奇小説』です)。

     こういうものに挑みたいと思ったのは、やはり高校生の頃、「国語入試問題必勝法」に触れた経験があったからだと思うのです(他に、『ウンベルト・エーコの文体練習』や法月綸太郎『挑戦者たち』に触発された面もありますが)。だからこそ、狙い澄ましたような復刊タイミングに驚きました。講談社のほうでも、新制度入試にかぶせる意味があったのかもしれません。

     とまれ、今回の作品も古い形式を使った新しい推理小説を目指しました。全体のトーンは「六人の熱狂する日本人」(『透明人間は密室に潜む』収録)に近いでしょうか。昔、塾講師のアルバイトをさせてもらったりしていたので、愛のある業界に対して時折やってしまう、すちゃらか・フルスロットル本格です。

     ここで書きすぎると、いずれ書きたい「あとがき」で書くことがなくなるので、今日はこの辺で!

    (2021年1月)



第5回   ⛄特別版

🎄クリスマスにはミステリを!🎄

  • マイ・シューヴァル、ペール・ヴァールー、書影


    マイ・シューヴァル
    ペール・ヴァールー
    『刑事マルティン・ベック
    笑う警官』
    角川文庫

  •  ※作中、訳の明記がない引用は全て新訳(訳者・柳沢由実子)に準拠。

     今になってマルティン・ベックシリーズにハマっています。全作良いので「完全攻略」はいずれどこかでやりたいのですが、今日はクリスマス。それなら『笑う警官』の28章の話をしましょう。ミステリ部分のネタバレはしませんのでご安心を。『笑う警官』の28章、このたった一章の精読を通じて、ストックホルムのクリスマスの風景を感じ取ることが出来ますし、この小説の眼差しのありようにも迫れるのではないかと思っています。というわけで、今回は特別編です。

    『笑う警官』で起こるのは市バス内で八人が銃殺される大量殺人。被害者の一人の若い刑事・ステンストルムの行動を追い、彼の私生活に分け入っていくところにミソがあります。刑事の私生活を書くことは、主役刑事たちに対して作者がずっとやってきたことでもあります。

     28章はそんな主役刑事二名、マルティン・ベックとレンナルト・コルベリが迎えるクリスマス・イブの日。シリーズは全作「30章」で構成されていますが、28章には20ページ以上の紙幅が割かれており、29・30章が事件解決に向けたものであることと比較すると、私生活を描いたこのシーンの厚みが際立って来ます。29章以降は新年にかけて描いているので、今の時期にぴったり。

     28章は最も重要な章と考えられます。タイトルにもなっている「笑う警官」のレコードがかかるシーンであり、事件解決に至る大きな手掛かりを得るシーンでもあるからです。後者についてはミステリ部分に関わるので省略し、「笑う警官」の話をしましょう。聞いたことのない人は「The Laughing Policeman」とYouTubeで検索すれば原曲に当たれるので聞いてみてください。

     なんとも陽気な曲です。高見浩訳では「高らかな笑い声」、あるいは『警官殺し』で再登場する際「哄笑」という語が使われますが、笑い声が印象的で耳に残ります。「聞いていると笑いがうつるらしく、インガもロルフもイングリットも笑いこけている」とあるように、一家団欒の小道具として効果的に用いられています。

     1922年にイギリスで発表されたコミックソングで、本国では子ども番組などでかかっていたらしいです。1898年のジョージ・W・ワシントンによる"The Laughing Song"が音楽やメロディ、笑い声の元といいますから、作中でコルベリが「第一次世界大戦前からのものだ」と言っているのはこれを受けてのことでしょう。作中でマルティンは娘のイングリットから、この「笑う警官」を収録した「笑う警官の冒険」というタイトルの「四十五回転のEPレコード」を贈られます。彼女にとってこれが会心のプレゼントだったのは、24章で笑顔の少ない父に「クリスマスイブにはきっと笑うわよ、パパは」/「ええ。あたしのプレゼントをもらったら笑うにきまってる」と予告しているのを見ても明らかでしょう。警官の父親にこのレコードを贈るのが、彼女なりのしゃれだったわけです。

     ところが、そんな会心のプレゼントを貰い、曲を聴いてなお、マルティン・ベックは笑うことが出来ない。

    “「パパ、ぜんぜん笑わなかったわね」不機嫌そうだ。
    「いや、とてもおかしいと思ったよ」と言ったが、説得力はなかった。”

     続けてかかる「陽気な警官たちのパレード」もそうですが、歌詞の中では「警官」を戯画化して描いています。家族にとっては現実を忘れ、団欒を愉しむのが目的です。ところが、マルティンは「レコードのジャケットを見つめた」「ステンストルムのことを考えた」とあるように、彼の意識はすっかり目の前の家族から離れてしまい、現実を見つめている。そこに決定的なずれがあります。

     一方のコルベリも家族の団らん中に電話を受け、受刑者と話をするべく刑務所に向かうことに。かくて、彼は事件の手掛かりを手に入れますが、妻には「食事が。すっかりだめになってしまったじゃない」と涙ながらに出迎えられる。気の利いたフォローを入れているのがコルベリのいいところですが、注目すべきはコルベリの帰宅後のシーンにも、マルティンからの電話越しに「笑う警官」の笑い声が響いていることです。かくして、クリスマス・イブにも仕事を忘れられず、現実に生き、家庭の中で不和を抱えた二人の警官を、戯画化された太った警官の笑い声が包み込んでいる。その笑い声のエコーが結末にも響いていることは言うまでもありません。

     また、28章では以下の表現も印象的です。

    “街は静まり返っていた。唯一、動いていたのはよろよろ歩きのサンタクロース。それも任務を果たすには遅すぎ、酔っぱらい過ぎたサンタ。彼らはたくさんのスナップスを、たくさんの振る舞いが大好きな家でごちそうになってすっかりご機嫌だった。”

     どこか温かいまなざしで、「しょうがないなあ」と見つめるコルベリの視線を感じる表現です。19章で「お祭り騒ぎの前触れの年中行事、すなわちぐでんぐでんに酔っぱらったサンタクロースたちが建物の入り口や公衆便所から担ぎ込まれる」と書かれているのと比較すると一目瞭然。そんな端々の描写もあって、『笑う警官』の28章は、家庭内の不和という要素はあるにもかかわらず、ストックホルムのクリスマス・イブの幸福な光を切り取ったシーンのように私には感じられるのです。

     最後になりますが、旧訳の高見浩氏訳と新訳の柳沢由実子氏訳を28章のみ読み比べて気付いたことを書き留めておきます。

     まず、このシリーズにはスウェーデン独特の固有名詞が多いとは聞いていましたが、まさにその通りで、たとえば高見「両親の墓」→柳沢「スコーグ教会墓地」、「しょうが入りケーキ・ビスケット」→「伝統のねじり棒の揚げ菓子クレネッテール」など、ストックホルムの異国情緒に染まる意味では新訳が好ましい。とはいえ、軽妙洒脱な高見訳もやっぱり面白いですね。

     そして、28章には新旧で大きな違いがあります。「笑う警官」の歌詞が旧訳には書いていないのです。旧訳は英訳版からの重訳で、新訳はスウェーデン語から原語訳したことが一つのウリになっていましたが、この異同は恐らく偶然ではありません。理由の一つは先に言及した「陽気な警官たちのパレ―ド」の歌詞は旧訳にもあること、もう一つは、「笑う警官」の歌詞を受ける形で、新訳では結末に二行追加されているからです。この異同は、「笑う警官」という曲の出自にも理由があるのかもしれません。1922年にイギリスで発表された「笑う警官」は、1955年にスウェーデンで新しいバージョンが作られます。1898年を始点にすれば、約30年周期で新しい命が吹き込まれていることになります。スウェーデンではまだ「若い」曲だから聞いたことのない世代がいて、一方マルティン・ベックぐらいの年なら原曲に触れたことがある、とすれば共通理解のため歌詞の表記は必要です。反対に、もしかしたら、英語圏では歌詞をあえて書かなくてもいいくらい有名な曲だから歌詞が省かれたのかもしれません(その辺りは一か月では調べきれず……)。仮説以上のものではありませんが、この二行の違いは、新旧訳の違いの中でもかなり大きなものだと言えるでしょう。

     ただでさえ印象的な結末が、この二行の、ある男の反応によって感動的なユーモアに変貌するのです。28章から通奏低音として流れる「笑う警官」の高らかな笑い声と共に、『笑う警官』はクリスマス・イブの幸福な光を閉じ込め、今もなお、警察小説の金字塔として燦然と輝き、そこに在る。

    (2020年12月)



第4回
年の暮れにSFミステリの理想を夢見ること

  • ケイト・マスカレナス、書影


    ケイト・マスカレナス
    『時間旅行者の
    キャンディボックス』
    創元SF文庫

  •  この度、拙著『透明人間は密室に潜む』が「本格ミステリ・ベストテン」で第一位の名誉に与りました。ありがとうございます。他の順位も続々出ていますが、過去最高順位ばかりです。皆様の応援のおかげです。デビューから四年目、一歩一歩踏みしめるように進んできて本当に良かったと思います。これからも倦まず弛まず精進し、この読書日記も「死ぬまで」続けていきます(言いましたね?)。

     さて、気持ちも新たに12月の1冊目はケイト・マスカレナス『時間旅行者のキャンディボックス』。毎年あるんですよ。ランキング投票後に、超好みの本を読み後悔すること。2年前のハーディング『嘘の木』、去年の呉勝浩『スワン』等。

     で、本書。タイムトラベルが実用化され、タイムトラベラーが巨大組織により管理されている社会を描いたSFなのですが、主題の一つに射殺体、密室殺人という謎が据えられていて、意外な犯人・トリック・動機までしっかり炸裂する本格ミステリであるという。

     私はSFミステリというのは、設定やアイデアだけではなく、それがあった時に人間や社会がどう反応し、適応していくかというところまで触れて欲しいという理想があるのですが、本書はその思いに応えてくれる作品。

     例えば、タイムトラベラーは未来の自分の死期や恋人の死を見てしまうので、死生観に大きな揺らぎが生じ得る。そこで、就任試験にあたっては、心理テストを行って、精神的に健全な人間を登用しようとする。巻末にはそのテストがそのままついたりしているわけです。

     他にも、邦題にもあるキャンディボックスは、タイムトラベル機構を用いて、中に入れたキャンディが60秒後に出てくるようにした子供のおもちゃ。奇抜すぎず、しかし質感のある小道具なのが面白くて、しかも違法改造の記録に挑むチーターたちがいるなんて描写まであってニヤリとします。ここには、「時間旅行」という一つの特異点によって区別された、しかし、私たちと似姿の社会がくっきり描かれている。

     SFとして楽しく、謎解きミステリとして見事、時間・性を超えた愛憎のストーリーも面白いという。やられました。目が離せない作家がまた一人。

    (2020年12月)



第3回
〈ショーン・ダフィ〉、完全開眼!
北アイルランドの鬼才に乗り遅れるな

  • エイドリアン・マッキンティ、書影


    エイドリアン・マッキンティ
    『ガン・ストリート・ガール』
    ハヤカワ・ミステリ文庫

  •  今年からミステリ・ランキング投票のうち「このミステリーがすごい!」のレギュレーションが変わり、奥付9月までの本が対象に。一か月前倒しになった形。例年、「このミス」に投票すると年末ムードに入りますが、今年はロスタイムの気分です。

     今月の新刊はエイドリアン・マッキンティの『ガン・ストリート・ガール』。1980年代、紛争が続発する北アイルランドを舞台に、刑事ショーン・ダフィの活躍を描くシリーズの4作目です。このシリーズ、警察小説とハードボイルドの魅力ムンムンで、注目していました。

     1作目『コールド・コールド・グラウンド』ではバラバラ死体、3作目『アイル・ビー・ゴーン』では密室と、作者はガジェット型の謎を用意してきましたが、むしろシリーズの魅力は「ダフィがこの情勢下でいかに動き、選択し、過去や現在に立ち向かうか」を描き切るところでした。だからこそ、『アイル・ビー・ゴーン』ラスト100ページの熱に浮かされたような文章と展開に胸打たれたのです。

     そして4作目の本作では、そうした魅力はそのままに、捜査小説としての面白さがグンと高まっている。両親が殺され、子供は失踪。これまでよりシンプルに見えるこの事件が、捜査を進めるうちに次々様相を変え、加速していく。この読み味を加えた上で、ダフィの物語としても熱を放っているとあっては。巻を措くあたわずとはまさにこのこと。助手役の刑事のキャラや「因縁」のあの女を巡る展開がまた良いのです。

     次作『レイン・ドッグス』は、1作目の訳者あとがきで早くも触れられていて、とても期待していたタイトル。帯裏によれば来年刊行予定とのことで、また来年の愉しみが一つ増えました。

     ちなみに、私がこのシリーズを最初に手に取ったきっかけは、中学の頃読んだ石持浅海の『アイルランドの薔薇』でアイルランド情勢にある程度興味を持っていたおかげ。そう思うと、読書はちゃんと繋がっていく、と感じます。

    (2020年11月)



第2回
新しいのに懐かしい、名手のニューヒーロー!

  • ネヴァー・ゲーム、書影


    ジェフリー・ディーヴァー
    『ネヴァー・ゲーム』
    文藝春秋

  •  10月分の2冊目はジェフリー・ディーヴァー『ネヴァー・ゲーム』。もはや秋の風物詩となった名手ですが、今回はなんと新シリーズ。しかもこれが良い。リンカーン・ライムが「動かない『静』の名探偵」だとするなら、新主人公コルター・ショウは「飛び回る『動』の名探偵」なのです。失踪人を探し出した時に出る懸賞金で稼いで、家はキャンピングカーというのがまたいい。ディーヴァ―のキャラ造形ってやっぱり半歩くらい先を行ってる気がする。

     ライムシリーズは三人称多視点を採用し、立体的に立ち上げた事件の構図の中に死角を用意してくれますが、今回は徹底して三人称一視点。ショウ自身も事件の全体像や、どの事件が繋がるのかまるで見通せないまま、暗中模索しながら走り抜けるグルーヴ感が味わえます。失踪人探しから始まり、事件の「形」がどんどん変わるのがミステリ的な読みどころ。

     彼の父親が「~べからず」の形で教えた「狩りの心得」がまた好きなんですよ。私は師弟関係が好きで、ドン・ウィンズロウ『ストリート・キッズ』、レナード・ワイズ『ギャンブラー』等がフェイバリットなのも、煎じ詰めればそれが理由。忘れがたい印象を残すいいキャラです。

     いやあ、シリーズの続きが楽しみ。しかも、訳者あとがきには「第三短編集」の文字も! ディーヴァーの短編集、二冊とも偏愛しているので、首を長くして待ちたいと思います。

     と、10月分の2作は、どちらも池田真紀子さんの翻訳ミステリになってしまった。たまたまそうなっただけですが、「この人の翻訳ならなんでも読む!」のモードに入ることってありますよね。他に偏愛翻訳者を挙げると……エッ、文字数がもう足りない?

    (2020年10月)



第1回
ミステリー界の"ノックス"はもう一人いる!

  • 笑う死体、書影


    ジョセフ・ノックス
    『笑う死体』新潮文庫

  •  例年、9月、10月は各種ミステリ・ランキングに向けた読書で大慌て。刊行点数も凄まじいので、凄い勢いで原稿を書いて読書もしないと終わりません。でもどんなに辛くてもやるのは、まあどれだけ暑かろうが夏コミに、寒かろうが冬コミに行くのと同じで、学生時代からこの業界にいる人特有のサガ、骨がらみの習慣です。

     そんな中から2冊。1冊目はジョセフ・ノックスの『堕落刑事』『笑う死体』(新潮文庫)。後者が今年の新刊。

     マンチェスター市警エイダン・ウェイツを主人公にしたミステリで、解説によれば原書では三作目が刊行されており、三部作となる見込みが高いとのこと。

     とにかく本シリーズの美点は、ノワールの魅力と本格ミステリの快感とが高いレベルで融合していること。

    『堕落刑事』では麻薬抗争によって、三分の一を過ぎたあたりからバタバタ人が死に、エイダンもボロボロに。結末近くなり、「俺はとにかく説明が欲しい」と言って、真相究明に動く彼のカッコよさときたら! 死体の山の中から、たった一人の死の真実を解き明かすのです。

    『笑う死体』では、身元不明でしかも歯を剥き出しにして笑っている死体の謎や、連続放火の謎が絡み合う、モジュラー型のミステリに。エイダンは夜勤の警官として街を駆けます。間違った街で、間違った人たちの中で、自分もそこに身を染めながら、でも「正しく」あろうとする……だからこそ、彼の行動の一つ一つにハラハラさせられ、胸打たれるのだと思います。三作目、切に待ってます!

    (2020年10月)